シグマ共役系高分子の研究をする人へ
1 シグマ共役系とは
1ー1 シグマ結合とパイ結合
有機化合物内のある二つの原子間の結合を考えるとき、良く行われる考え方の一つとして、軌道の重なりによる考え方があります。つまり、一つの原子が形成する軌道が別の原子の形成する軌道と重なり会った場合に、結合が形成されるとする考え方です。(例えば、メタン分子においては、中心にある炭素原子がsp3混成という状態にあり、sp3混成の結果、四つのsp3混成軌道が形成されます。これらのsp3混成軌道が、それぞれ水素原子のs軌道と重なり会ってメタン分子はできあがっています。)これを図で表現すると、図1のようになります。
結合形成の結果形成される結合には、主に二種類あります。それは、シグマ結合とパイ結合です(これら以外にも水素結合等の特殊な結合がいくつかあります)。これらは軌道の重なり方が異なるので、異なる結合の型として区別されます。シグマ結合においては、二つの軌道がお互いの軌道の頂点方向から重なっているのに対し、パイ結合では、二つの軌道がお互いの軌道の横の方向から重なっています。これを図で表現すると、図2のようになります。
1ー2 共役系とは
次に、共役系という言葉を、パイ共役系を例にとりながら、説明します。
図3を見て下さい。一つの分子内に二重結合が複数個存在する場合に、どのような種類が考えられるかを示したものです。孤立二重結合、共役二重結合、累積二重結合の三種類があります。これを軌道による表現により表わしたものが、図4です。共役二重結合では、軌道の重なりが連続しているのに対し、孤立二重結合および累積二重結合では、軌道の重なりは一つの二重結合内のみであることが分かります。分子の中において共役二重結合は次々と繋がっていることがあり、このような共役二重結合のつらなりのことを共役系、パイ共役系、共役二重結合系などと言います。(後で出てくるシグマ共役系は、幾分特殊な共役系ですので、一般に共役系と言った場合には、パイ共役系を指します。)
共役系の中では次のようなことが起こっています。電子は全て同じ電子ですので、このような軌道の重なりがある場合、電子は自分がもともと所属していた原子核を離れ、別の原子の方までいくことができます。ある電子がある原子核に所属し、その周りに存在してその原子から離れることがないとき、その電子はその原子(核)に局在化していると言います。共役系では、局在化していないわけですので、共役系全体にわたって非局在化しているという言い方をします。
1ー3 パイ共役とシグマ共役
パイ共役については既に述べた通りです。パイ結合を形成する軌道の重なりが続いていることによる訳です。当然のことながら、シグマ共役ではシグマ結合を形成する軌道の重なりが続いていることによるものとなります。
図5は、ポリエチレン分子における軌道の重なりの様子を示したものです。わずかではあるものの二つのsp3混成軌道の間に重なりがあることがわかります。この軌道の重なりは、炭素の場合には非常に小さく実質的に無視されますが、炭素と同じ14族に属し、炭素と同様にsp3混成軌道を形成するところのケイ素、ゲルマニウム、スズ、鉛では無視できなくなります。つまり、sp3混成状態にあるケイ素、ゲルマニウム、スズ、鉛などの原子が繋がると、シグマ電子が非局在化できるようになり、シグマ共役系が形成される訳です。
1ー4 代表的なパイ共役系分子とシグマ共役系分子
図6を見て下さい。パイ共役系を持つ分子としては、1,3-ブタジエン、ベンゼン、ナフタレン等、非常にたくさんの例があります。
シグマ共役系を持つ分子としては、ヘキサメチルジシラン、ヘキサメチルゲルマン、ドデカメチルシクロヘキサシランがあります。ケイ素ーケイ素結合、ケイ素ーゲルマニウム結合、ケイ素ースズ結合、ケイ素ー鉛結合、ゲルマニウムーゲルマニウム結合、ゲルマニウムースズ結合、ゲルマニウムー鉛結合、スズースズ結合、スズー鉛結合、鉛ー鉛結合のうちのいずれかを持つ分子はシグマ共役系を持つ分子ということになります。
2 シグマ共役系高分子
2ー1 シグマ共役系高分子
1ー4で列挙したような結合を有する高分子は、全てシグマ共役系高分子ということになります。
高分子(ポリマー)という言葉は通常分子量1万以上ぐらいの分子について使われる言葉で、小さな分子量しか持たない分子について使われる低分子という言葉に対するものです。また、高分子と低分子の中間に相当するような分子に関しては、オリゴマーという言葉があります。シグマ共役系高分子の世界では歴史的に見て高分子量を有する分子の合成が困難であったこともあり、分子量が1万よりだいぶ小さくても高分子という言葉が使われる傾向があります。
2ー2 様々な構造を有するシグマ共役系高分子
まず、図7に示したように、構成する原子の種類により、ポリシラン、ポリゲルマン、ポリスタンナン、ポリプランバンがありますが、ポリプランバンはまだ合成例がありません。今、光物性研究室においてその合成が試みられています。また、ケイ素、ゲルマニウム、スズ、鉛の中から二種類以上の元素を含むような高分子の場合には、共重合体(コポリマー)と言えます。
次に、枝別れの状態による分類ですが、図8に示したように、1次元高分子、2次元高分子、3次元高分子が考えられます。これらの内、合成されているのは、1次元高分子、1次元と2次元の中間に相当するようなラダー(はしご)状高分子、ランダム(不規則)な3次元構造を有する高分子(ネットワーク状高分子とも言われます)です。
純粋な意味でのシグマ共役系高分子とは言えないかも知れませんが、シグマ共役系を一部持つ高分子として、図8のような高分子も知られています。
2ー3 一次元構造を有するシグマ共役系高分子
一次元構造を有する高分子はシグマ共役系高分子の中で最も早くから研究されてきた高分子で、最も良く知られた高分子です。置換基の種類により、図9に示したような高分子が考えられます。(1)短いアルキル基を持つ高分子、(2)長いアルキル基を持つ高分子、(3)パイ共役系を置換基として持つ高分子、(4)その他の特殊な置換基を持つ高分子、です。短いアルキル基と長いアルキル基を分けたのには理由があります。ポリシランやポリゲルマンではブチル以上の直鎖のアルキル置換基を持つ場合、サーモクロミズムという現象を示すからです。サーモクロミズムについては、あとで学びましょう。
2ー4 三次元構造を有するシグマ共役系高分子
三次元構造を有するシグマ共役系高分子は、一次元構造を有するシグマ共役系高分子とは異なる物性を示すので、分けて考える必要があります。詳しくは、物性のところで学びましょう。
3 シグマ共役系高分子の合成法
3ー1 様々な合成法
ハロゲン化物をモノマーとする合成法として、Wurtz型カップリングと電解還元法があります。また、水素化物をモノマーとして使う脱水素重合法があり、ポリシランやポリゲルマンの合成ではあまり高分子量体が得られず有効とは言えないものの、ポリスタンナンの重合では非常に有効であると報告されています。さらに特殊なモノマーを使用する重合法としては、環状の化合物をモノマーとする開環重合法、ケイ素ーケイ素二重結合を持つ化合物をモノマーとするマスクされたジシレンのアニオン重合法等があります。特殊なモノマーを利用する方法は、特赦なモノマーの合成に手間取るので、学問的には興味深くても実用的とは言えません。水素化物とハロゲン化物とでは、ハロゲン化物の方が工業的に容易に入手できるので、Wurtz型カップリングと電解還元法が重要となります。
3ー2 Wurtz型カップリング反応
金属ナトリウムなどのアルカリ金属を使用し、トルエンなどの溶媒中でハロゲン化物を反応させて、シグマ共役系高分子を得る方法です。電解還元法と比較して高分子量のものが得られる
3ー3 電解還元法
4 シグマ共役系高分子の物性
4ー1 光吸収特性
4ー2 サーモクロミズム特性
4ー3 蛍光特性
4ー4 熱分解特性
4ー5 光分解特性
5 シグマ共役系高分子の応用
5ー1 セラミックス前駆体
5ー2 フォトリソグラフィー用材料
5ー3 感光体
5ー4 光重合開始剤
5ー5 非線形光学材料